大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(特わ)3695号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ懲役二年六月に処する。

被告人甲野太郎に対し、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人大久静香、同F、同E、同G、同A(第二九回)及び同大屋琢一に支給した分は、被告人乙野の負担とし、証人木下公明、同若林繁行、同J、同K、同L、同A(第三八ないし第四〇回)、同小西正純に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲野太郎は、平成四年六月二六日から同九年六月二六日までの間、東京都中央区新川一丁目〈番地略〉(同八年一一月一七日以前は、同区八重洲二丁目〈番地略〉)に本店を置き、有価証券の売買、有価証券の売買の取次ぎ等を目的とし、その発行する株式を東京証券取引所第一部等に上場している山一證券株式会社の代表取締役会長、同九年六月二七日から同年八月一〇日までの間、同社の取締役会長であったもの、被告人乙野次郎は、同四年六月二六日から同九年八月一〇日までの間、同社の代表取締役社長であったものであるが、

第一  被告人両名は、同社代表取締役副社長Aと共謀の上、同社の業務に関し、

一  同七年六月三〇日、同都千代田区霞が関三丁目〈番地略〉大蔵省において、大蔵大臣に対し、同社の同六年四月一日から同七年三月三一日までの第五五期事業年度の決算には二七七六億三五〇〇万円(百万円未満切捨て。以下第一において同じ。)の当期未処理損失があったのに、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により、これを二三三一億四〇〇万円過少の四四五億三一〇〇万円に圧縮して計上した貸借対照表、損益計算書及び利益処分計算書を掲載するなどした同事業年度の有価証券報告書を提出し、

二  同八年六月二八日、前記大蔵省において、大蔵大臣に対し、同社の同七年四月一日から同八年三月三一日までの第五六期事業年度の決算には二二二〇億七八〇〇万円の当期未処理損失があったのに、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により、二三七九億八六〇〇万円過大の一五九億八〇〇万円の当期未処分利益を計上した貸借対照表、損益計算書及び利益処分計算書を掲載するなどした同事業年度の有価証券報告書を提出し、

三  同九年六月三〇日、前記大蔵省において、大蔵大臣に対し、同社の同八年四月一日から同九年三月三一日までの第五七期事業年度の決算には四二八〇億二八〇〇万円の当期未処理損失があったのに、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により、これを二七一八億四〇〇〇万円過少の一五六一億八八〇〇万円に圧縮して計上した貸借対照表、損益計算書及び利益処分計算書を掲載するなどした同事業年度の有価証券報告書を提出し、

もって、重大な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を各提出し、

第二  被告人両名は右Aと共謀の上、前記第一の三記載のとおり、同社の第五七期事業年度の決算には四二八〇億二八〇〇万円の当期未処理損失があって株主に配当すべき剰余金は皆無であったのに、同九年六月二七日、同都江東区塩浜二丁目〈番地略〉山一證券塩浜ビルにおいて開催された同社の定時株主総会において、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により一五六一億八八〇〇万円に圧縮した当期未処理損失を基に、任意積立金の取崩しにより一株五円の割合による利益配当を行う旨の利益処分案を提出して可決承認させ、そのころ、株主に対し、配当金合計五九億九六〇七万三四九円を支払い、もって、法令に違反して利益の配当をし、

第三  被告人乙野は、右A、専務取締役債券・資金本部長B、専務取締役エクイティ本部長C、同社本店首都圏営業部長D、エクイティ本部株式部長E、同部付部長Fと共謀の上、法定の除外事由がないのに、山一證券の業務及び財産に関し、同社の顧問である昭和リース株式会社が同社の名義で行った有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券の取引等について多額の損失を生じていたことから、その損失の全部を補てんするとともにこれらについて生じた利益に追加するため、同社に対し、財産上の利益を提供しようと企て、山一證券が顧客の注文約定等の事務処理を委託している千葉県船橋市浜町二丁目〈番地略〉所在の山一情報システム株式会社船橋センター内に設置されたホストコンピューターを使用するなどの方法により、別紙一犯罪事実一覧表(一)記載のとおり、同六年一一月二二日から同七年三月二八日までの間、前後四〇回にわたり、シンガポール共和国内のシンガポール国際金融取引所(以下、「サイメックス」という。)で行った日経二二五先物取引の売付け及び買付けは、いずれも、山一證券が自己の計算で行ったものであったのに、右昭和リースから委託を受けて行った取引としてこれらを同社名義の取引勘定に帰属させ、同社に対し、合計三億一六九一万八七七六円相当の財産上の利益をそれぞれ提供し、もって、山一證券の業務及び財産に関し、右昭和リースに対し、右損失の全部を補てんするとともに右利益に追加するため、合計三億一六九一万八七七六円相当の財産上の利益を提供し、

第四  被告人乙野は、右A、C、D、E、F及び本社総務部配属の嘱託社員Gと共謀の上、法定の除外事由がないのに、山一證券の業務及び財産に関し、同社の一単位の株式の数(一〇〇〇株)以上の数の株主であるHの株主の権利の行使に関し、同七年六月二九日に開催される同社の第五五回定時株主総会で、議事が円滑に終了するよう協力を得ることの謝礼の趣旨で、同社の顧問である右Hが株式会社小甚ビルディングの名義で行った有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券等について生じた損失の全部を補てんするとともにこれらについて生じた利益に追加するため、山一證券の計算において、右Hに対し、財産上の利益を提供・供与しようと企て、前記第三と同様の方法により、別紙一犯罪事実一覧表(二)記載のとおり、同六年一二月一六日から同七年一月三一日までの間、前後一五回にわたり、サイメックスで行った日経二二五先物取引の売付け及び買付けは、いずれも、山一證券が自己の計算で行ったものであったのに、右Hから委託を受けて行った取引としてこれらを右小甚ビルディング名義の取引勘定に帰属させ、右Hに対し、合計一億七〇〇万六五三八円相当の財産上の利益をそれぞれ提供・供与し、もって、山一證券の業務及び財産に関し、右Hに対し、右損失の全部を補てんするとともに右利益に追加するため、同人の株主の権利の行使に関して、山一證券の計算において、合計一億七〇〇万六五三八円相当の財産上の利益を提供・供与したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一  被告人甲野の弁護人は、判示第二の事実について、同被告人は、平成九年三月期(第五七期事業年度)の利益配当案を決定し、同年六月二七日開催の株主総会に右配当を付議する際に、配当可能利益がないとの認識はなかったので、違法配当についての故意はなく、無罪である旨主張し、被告人乙野の弁護人は、犯罪の成立について争うものではないが、同被告人の違法配当に関する認識は極めて未必的なものであったと指摘する。そこで、以下、補足して説明する。

二  関係証拠によれば、被告人両名は、山一證券に帰属する損失につき簿外処理をするに当たって当初からこれに関与し、その後も簿外処理にかかる損失の状況について把握し、国内及び海外をあわせて二〇〇〇億円を超える多額の簿外損失を抱えて償却できないままでいることを認識していたこと、他方において、平成八年には、厳しい財務状況の中で、山一ファイナンスに対し、約一五〇〇億円の支援をすることを決定している上、平成九年三月期決算を検討する際、その支援の影響によって余剰金(公表分)が約一七〇〇億円にまで低下してしまうとの報告を受けてこれを認識していたことは明らかである(その詳細な事実関係については、後記量刑の理由第二の一参照)。

したがって、被告人両名は、当初の簿外処理をした平成四年三月期以降、山一證券の決算が簿外損失を除いた粉飾決算となっていることを明確に認識していたものであり、その財務状況について、必要の都度報告を受け、正確に把握していた被告人らが、平成九年三月期には、山一證券には配当可能利益があると考えることは、到底あり得ないところである。

三  被告人両名は、当公判廷において、一方では簿外損失のことが頭にこびりついている、あるいは、終始頭から離れない問題であったとも供述しているにもかかわらず、他方では、利益配当を考慮する際に、簿外損失の存在を考えなかった、簿外損失は別枠処理と考えていたと供述している。しかし、山一證券の財務状況を正確に把握し、巨額の簿外損失であることを熟知していた被告人らが、それにもかかわらず、配当すべき余剰金があると考えることは、理解の域を超えた弁明というほかなく、全く信用できない。

被告人甲野の弁護人らは、取締役会の構成員らから何ら異議は出されておらず、簿外損失の処理に携わった担当役員らも決議案に賛成したことも明らかなように、被告人らには故意がなく、専門家である経理部が作成し、監査法人がチェックした決算内容を見て配当を決めたものであり、無罪であると主張するが、簿外債務の存在は、被告人らのほかは一部の担当役員らのみが知っていた秘密事項であり、簿外債務の存在を知らない他の構成員にこれを明らかにすることは、被告人らの了解なしには行えないことは明白であり、弁護人主張の事実があるからといって、被告人らの故意を否定することはできない。また、経理の専門家には、簿外債務の存在は秘匿されていたのであるから、これを信用したとの点は、詭弁に過ぎず、到底採用できない。

以上の次第で、被告人らの違法配当の故意が存したことは明らかである。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の一ないし三の各所為はいずれも、行為時においては、刑法六〇条、平成九年法律第一一七号による改正前の証券取引法二〇七条一項一号、一九七条一号に、裁判時においては、刑法六〇条、平成一〇年法律第一〇七号による改正後の証券取引法二〇七条一項一号、一九七条一項一号に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第二の所為は、行為時においては、刑法六〇条、平成九年法律第一〇九号による改正前の商法四八九条三号に、裁判時においては、刑法六〇条、右改正後の商法四八九条三号に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、被告人乙野の判示第三の所為並びに判示第四の所為中、損失を補てんし、利益を追加するために財産上の利益を提供した点は、別紙一犯罪事実一覧表の番号毎に、行為時においては、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、平成九年法律第一一七号による改正前の証券取引法一九九条一号の六、五〇条の三第一項三号に、裁判時においては、右改正前の刑法六〇条、平成一〇年法律第一〇七号による改正後の証券取引法一九八条の三、四二条の二第一項三号に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、右改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第四の所為中、株主の権利行使に関し利益を提供した点は、別紙一犯罪事実一覧表の番号毎に、行為時においては、右改正前の刑法六〇条、平成九年法律第一〇七号による改正前の商法四九七条一項に、裁判時においては、右改正前の刑法六〇条、右改正後の商法四九七条一項に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、右改正前の刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第四の各所為は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い証券取引法違反罪の刑で処断し、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人甲野については、判示第一の一ないし三及び第二の各罪は、右改正後の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、被告人乙野については、判示の各罪は平成七年法律第九一号附則二条二項により同法による改正後の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、それぞれ最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役二年六月に処し、被告人甲野に対し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用中証人大久静香、同F、同E、同G、同A(第二九回)及び同大塚琢一に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人乙野に負担させ、証人木下公明、同若林繁行、同J、同K、同L、同A(第三八ないし第四〇回)、同小西正純に支給した分は、同法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

第一 本件は、(一)山一證券株式会社代表取締役社長の被告人乙野次郎及び同代表取締役会長の被告人甲野太郎が、同社代表取締役副社長Aと共謀の上、(1)同社の業務に関し、大蔵大臣に対し、同社の第五五期(平成七年三月期)、第五六期(平成八年三月期)、第五七期(平成九年三月期)の各事業年度において、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により、重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出したという証券取引法違反(粉飾決算)の事案(判示第一の各事実)、(2)同社の第五七期事業年度の決算には株主に配当すべき剰余金は皆無であったのに、含み損を抱えた有価証券の簿外処理等により圧縮した当期未処理損失を基に、配当金合計約五九億九六〇七万円を支払ったという商法違反(違法配当)の事案(判示第二の事実)、(二)被告人乙野が、同社の業務及び財産に関し、Aら同社幹部らと共謀の上、損失を補てんするとともにこれらについて生じた利益に追加するため、(1)同社の顧客であった昭和リース株式会社に対し、合計約三億一六九一万円相当の財産上の利益を提供したという証券取引法違反の事案(判示第三の事実)、(2)いわゆる総会屋Hに対し、合計約一億七〇〇万円相当の財産上の利益を提供・供与したという証券取引法違反及び商法違反の事案(判示第四の事実)である。

第二 粉飾決算、違法(蛸)配当について

一 本件各犯行に至る経緯及び犯行前後の状況は、以下のとおりである。

1  山一證券は、明治三〇年に小池国三が小池国三商店として創業したことに始まり、昭和一八年九月三〇日、会社組織として現在の山一證券が設立された。その後、昭和四〇年六月、経営破綻が表面化し、倒産の危機に瀕したが、日本銀行から特別融資を受けて再建され、東京都中央区新川一丁目〈番地略〉(平成八年一一月一七日以前は、同都中央区八重洲二丁目〈番地略〉)に本店を置き、有価証券の売買、有価証券の売買の取次ぎ等を営業目的としており、平成九年三月三一日時点の資本金は一二六六億七二一万円(万円未満切捨て)、発行済株式は一二億八六五万九二四八株、株主数は八万二六九七人で、東京、大阪、名古屋証券取引所の市場第一部に上場しており、東京証券取引所における同月の月間株式売買高は、約三四四八万株であり、従業員数は、七三三二人にのぼり、四大証券の一角をなしていた。

被告人甲野は、昭和三〇年四月、山一證券に入社し、昭和五三年一二月、同社取締役企画室長になり、昭和五九年九月以降、同社専務取締役法人本部長などを歴任し、昭和六三年九月、同社代表取締役社長に就任した。

被告人乙野は、昭和三五年四月、山一證券に入社し、昭和六〇年九月に取締役福岡支店長、昭和六一年一二月、同社取締役企画室長となり、平成二年五月以降、同社代表取締役副社長(企画室や経理部等管理部門管掌)を歴任した後、平成四年六月二六日、被告人甲野の跡を継いで同社代表取締役社長に就任し、被告人甲野は、代表取締役会長に就任した。

2  山一證券は、「法の山一」の看板のもと、昭和五〇年代終わりころから、いわゆる財テクブームの中で、有価証券の売買手数料収入を上げるため、事業法人に対して、利回り保証を伴う営業特金や一任勘定での運用を積極的に行う営業を展開するようになっていたが、いわゆる昭和六二年九月のタテホショックによる債券市場の暴落や同年一〇月のブラックマンデーを契機とする株式相場急落により、各ファンドは多額の含み損を抱える結果となり、やがていわゆる飛ばし行為(企業が期末決算において有価証券の含み損を隠蔽するため、決算期末に含み損を抱えた有価証券を證券会社の媒介により市場外で決算期の異なる他の企業に対し簿価ないしこれに資金調達コストを上乗せした価額で売却し、翌年度の期首に金利分を上乗せした価額で買い戻す行為)の仲介を積極的の行うようになっていた。

3  被告人甲野は、社長就任後、法人顧客ファンドの実態調査等を小松正男事業法人本部管掌副社長に指示したところ、運用総額は約二兆円と判明し、さらに、平成三年五月、事業法人本部管掌のI副社長らに本格的な法人顧客ファンドの損失洗い出しとその整理を指示した。

ところが、平成三年夏にいわゆる証券不祥事が発覚し、山一證券においても、七月には大蔵省による特別検査が実施されて損失補てんリストの公表を迫られ、同月二九日、大手四社の中で最も多額の約四五六億円にのぼる損失補てん(昭和六三年九月期から平成二年三月期までのもの)の公表を余儀なくされた。さらに、被告人甲野が参議院に証人として喚問されることとなり、また、証券取引法の改正により損失補てんが罰則をもって禁止されることとなったため、山一證券は、多額の含み損を抱える法人顧客ファンドについての対策を早急に講じる必要性に迫られた。同年八月二四日、被告人甲野、同乙野、Iらがホテル・ニューオータニに集まった秘密会議において、平成三年六月の時点で、法人顧客ファンドは九三口座合計一兆一六三五億円にのぼっており、その評価額は約四五八七億円であること、右口座は、法人顧客の運用に基づくものと思われるものも当然存するが、山一證券が一任勘定で利回り保証をしたもので損失補てんせざるを得ないもの、飛ばしの受け皿口座として利用され、その実質は金融取引というほかなく、顧客に損失の負担を求めることが困難なものが多いこと、中には、飛ばし元の企業が買い戻しを拒否し、飛ばし先の企業から山一證券の斡旋により新たな飛ばし先へと転々とするうち、当初の飛ばし元が記録上も不明となっている「宇宙遊泳」と俗称されるものもあることなどが報告され、できる限り顧客に引き取ってもらうよう交渉する方針が立てられた。

平成三年九月四日、被告人甲野は、参議院証券・金融特別委員会に証人として喚問され、損失補てんを行い、一般投資家の信頼を裏切ったことを謝罪し、再発防止の決意を表明したが、損失補てんが平成二年三月期以降にどの程度あるのかとの質問を受け、「現在あったという報告は受けていない。精査中なので、最終確認はまだである。」旨証言し、損失補てんの実態を明らかにしなかった。

4  右方針を受け、担当者は顧客との折衝に励んだが、山一鐙券が引き取らざるを得ない含み損を抱えた有価証券が残ることから、Iの下、プロジェクトチームにおいてその処理方法が検討された。損失補てんの発覚を防ぐとともに山一證券の財務状況の悪化を隠蔽するために、山一證券のダミー会社であるペーパーカンパニー名義で含み損を抱えた有価証券を各ファンドから購入して引き取り、山一證券の簿外債務とするスキームが考案された。平成三年一一月二四日、ホテル・パシフィック東京で開催され、被告人甲野、同乙野、Iらが出席した会合において、右スキームの説明がなされたところ、Aから「経理上問題があるので、会計士と相談したい。」旨の意見が出されたが、Iが「これ以外の案はない。損を法人顧客に負わせて、トラブルにしたら山一は潰れてしまう。」と反論し、被告人甲野もこれを了承し、簿外債務とすることが決まった。

5  山一證券は、平成三年一二月から平成四年三月にかけて、飛ばしの受け皿となっている最終飛ばし先七社から株式等を合計約一七一一億六四五三万円(取引時の含み損一一六一億円以上)で引き取り、更に、平成四年一〇月には、一社から約一二三億九二二万円(引取時の含み損約七八億円)をペーパーカンパニーのNF五社等の名義で引き取った(なお、平成四年一月三一日に東急百貨店から引き取った有価証券については、飛ばしていたものもあったが、一部運用に基づく損失もあったことから、山一證券は、これを理由に損失全体についての引取りを拒否していたものの、東急百貨店側は、催告書を送付するなどして山一證券が引き取ることを要求する強い態度を示しており、交渉は難航していたところ、大蔵省松野允彦証券局長が、被告人乙野を呼びつけ、海外に飛ばすように強く示唆したこともあり、山一證券が引き取ったものである。)。

6  他方、海外で発生した簿外債務については、タックス・ヘイブンに設立したペーパーカンパニーを利用し、海外の仕組債(相手方が仕組債であることに気付きにくく、外見上も時価が額面を大幅に下回らず、含み損を抱えていることが発覚しにくい特性に着目したもの)を利用したスキームが考案され、平成三年二月から実行に移された。その案件は、(一)利回り保証の達成ができず損失補てんせざるを得なくなった国内事業法人の案件を海外に移転したもの、(二)山一證券の海外現地法人が含み損を抱えた有価証券を日系海外現地法人から引き取ったもの、あるいは、山一證券やその海外現地法人のディーリング損を含み損のある有価証券に転化させて海外のペーパーカンパニーに引き取らせたもの、(三)平成二年夏に生じた山一證券外国債券部における先物為替取引のディーリング損を、多額の含み損を抱えたまま損失の実現を先送りし、平成五年に外債に含み損を移転させていたもの、(四)山一證券の平成八年九月期の中間決算を控え、他の証券大手三社に大きく見劣りしない利益を計上したいとして、仕組債を購入し、先取りした利子を金融収入に計上して利益の積み増しを行った結果、含み損のある仕組債を抱えることとなった案件であり、被告人甲野、同乙野の了承の下、平成九年二月までの間、前後三四回にわたり、外国政府機関等から仕組債の発行を受け、各種損失を仕組債の含み損に転化させた上、仕組債を額面近い金額で内外の金融機関に売現先に出すなどしてその損失を隠蔽してきた。

7  こうした国内及び海外における簿外損失の状況については、I及びAの指示によりJが管理し、被告人両名も折に触れこれとを把握してきた。

8  平成五年二月から一〇月にかけて、証券取引等監視委員会と大蔵省大臣官房金融検査部の定例検査が入り、山一ファイナンス(いわゆる山一グループに属する不動産担保金融等を業とする会社)の抱える不良債権の問題などが厳しく指摘された。その間の同年六月ころ、被告人乙野は、大蔵省小川是証券局長から、「官房検査の状況(経常利益の赤字、関係会社の状況)を聞き、由々しい事態であると認識した。経営建て直しについて危惧をもっている。まず、本体の建て直しが第一義で、その後関係会社を含めたグループを企業体として存続していくのか真剣に対処してほしい。四大証券とか総合証券の枠にとわられずに再建計画を策定して、九月末までに報告してほしい。山一證券は大企業の上場会社で、一万人の従業員を抱えており、本当に大丈夫なのか心配している。過去のものについて腐ったものを切り捨て、経常的経営についてもシビアな経営をしてほしい。経営が悪化しても責任をとれないのではないか。無責任な経営では大蔵省も困る。過去の損の処理と現実の収益力からみて、あらゆるものをかなぐり捨てて建て直し、縮小するなら相当思い切った方針が必要である。大蔵省としても危機感を持っている。世間を騒がせることのないよう、具体的な再建策を作って欲しい。理解できないレベルの問題意識のズレが感じられる。」などと痛烈な指摘とともに、異例の踏み込んだ要求がなされた。これを受けて、Aをチーフに経営改善計画の策定作業が開始され、Aは、被告人乙野に対し、国内や海外案件等の損失約二二九〇億円を含む簿外損失について一括償却すべきとの意見が出ていることを報告し、今回の経営改善計画に絡めて大蔵省に報告することを提案したが、被告人乙野は、大蔵省が迷惑してしまうとして山一ファイナンスの問題のみを計画の中に折り込んだものにまとめるよう指示した。

一方で、木下は、平成五年九月ころ、被告人甲野、同乙野、Iらに、「経営構造の改革について」と題する書面を提出し、山一證券は「沈みゆく船」であるなどとして、簿外債務の解消を含めた抜本的な経営改善を図るべきであるなどの意見を具申していた。

しかしながら、結局、被告人乙野の指示どおり、同年一二月三日、簿外損失には全く触れられていない「経営改善計画について」と題する計画書が、大蔵省に提出された。同計画は、現状の経営規模を前提として、収益の拡大、管理体制の強化を図る中で、経営の再構築を進めるもので、一〇〇〇億円の償却すべき資産がある山一ファイナンス問題について、同社の増資及び山一土地建物の保有資産の含み益充当等により一〇年間で償却することとなった。

9  山一證券は、別紙二のとおり、平成四年三月期、平成五年三月期と赤字決算を続け、平成六年三月期にはかろうじて公表上黒字を確保した。しかし、同年九月期の中間決算で再び赤字を出してしまったことから、同年一〇月から、被告人甲野、同乙野及びAらで構成する非公式の副社長会にKらを加えて、これを正式の業務推進会議に改め、同会議で経営改善計画を検討することとし、Kが中心となって、大胆な人員整理、給与引下げ等による経費の削減及び簿外損失の早期償却を骨子とする経営改善計画案をまとめ、平成七年一月の同会議に提出したが、被告人乙野は「こんなドラスティックな案は採れない。ほかにもっとやるべきことがあるだろう。」などとこれを一蹴した。

10  平成七年三月期決算は、公表上も五二〇億円余りの損失となり、赤字決算に転落したことから、同年七月ころ、企画室が中心となって、常務取締役以上の役員において、簿外損失の処理を含めた再建計画を徹底的に議論するための合宿を行う企画を立て、当初、国内約一六〇〇億円の簿外損失も記載した資料を作成した。しかし、被告人乙野から、簿外分は資料から削って口頭で説明するよう指示された。平成七年七月中旬、副社長会において、Aがこれを削除した資料に基づいて簿外の仕組債等の含み損が約六〇〇億円あり、そのほかに約一六〇〇億円の国内分の簿外損失があることを説明し、対応策を議論するための常務取締役会以上の役員による合宿を提案したところ、被告人甲野を含む出席者全員がこれに賛成し、その最終判断は、当日欠席した被告人乙野に一任された。ところが、Aから右副社長会の報告を受けた被告人乙野は、簿外損失が外に漏れるリスクが大きすぎるといって、中止を指示したため、合宿計画は立ち消えとなった。

11  平成八年、大蔵省が証券会社本体による関連ノンバンク支援を認めることとなり、野村証券が支援を実施する見通しになったことから、山一證券においても、山一ファイナンスの支援策の検討に着手し、同年五月一〇日に副社長会において、L経理部担当取締役が、支援を実施した場合、約一七〇〇億円の特別損失が発生し、自己資本規制比率が公表ベースで二七〇パーセントから一〇五パーセントに下落して無配に転落することなど財務面への厳しい影響を報告した。しかし、野村證券が支援方針を発表したことから、同月一六日、山一證券も支援の方針を発表した。その後、具体的支援策の検討がなされ、簿外損失の償却を優先、あるいは、これを一括処理すべきなどという意見が出たことから、Aがこれを被告人乙野に伝えたところ、被告人乙野は、とりあえず山一ファイナンスの支援に絞って進めるように指示した。同年一二月二三日、ホテル・ニューオータニにおいて、被告人甲野、同乙野、Aらが集まり、山一ファイナンスに一五〇〇億円支援することを決定し、平成九年三月山一ファイナンスに対し、一五〇〇億円を振込送金して無償供与したが、全額が平成九年三月期決算において特別損失として計上された。

12  こうした国内及び海外における簿外損失額は、平成七年三月期には、合計で、二三〇〇億円を超え、平成八年三月期には約二四〇〇億円となり、平成九年三月期には、二七〇〇億円を超えるものとなっていた。

簿外損失全体の状況については、I及びAの指示によりJが管理し、被告人乙野は、平成四年六月の社長就任以降、絶えず簿外損失の状況を気にかけ、期末決算や中間決算の時期を中心としてしばしばJに電話したり呼びつけるなどして、簿外損失額の推移を把握し、被告人甲野も、会長就任後、たとえば平成七年七月に行われた副社長会でAから国内に約一六〇〇億円、海外に約六〇〇億円の簿外損失があるとの報告を受け、平成八年の暮れから平成九年の初めころは、海外の損失が約一〇〇〇億円に拡大したと聞くなど、折にふれ簿外損失額を認識していた。

このように、被告人らは、山一證券に巨額の簿外債務が存在することを熟知しながら、平成四年三月期以降、簿外債務に関する記載を除外した有価証券報告書を提出し、本件に及んだものである。

13  山一證券は、平成九年七月下旬、判示第四の総会屋に対する利益供与等事件で強制捜査を受けたことから、同年八月一一日、被告人両名を中心とする旧経営陣が退陣し、代表取締役会長五月女正治、代表取締役社長野澤正平を中心とする新執行部に交替した。被告人らは、後任者への引継ぎに際し、簿外債務が存在することを告げなかったため、野澤らは、K、Lらから就任後初めて簿外損失の概要につき説明を受けて驚愕すると同時に、Kらに簿外損失の実情調査と早期償却方法の検討を命じ、Lらにおいて山一證券の生き残りを図る再建案を立案し、メインバンクである富士銀行に協力を要請するなどしていたが、結局、同年一一月二四日、自主廃業に向けて営業を休止することを大蔵大臣に届け出た。

二 以上の事実関係を前提にまず、その動機について検討する。

1  本件粉飾決算等のもととなった平成三年から四年にかけての国内法人顧客ファンドの引取り、海外分の損失分の簿外処理を決断した被告人甲野は、その理由について以下のとおり供述している。

損失補てん問題でマスコミも国会も大騒ぎしている当時、法人顧客に損失補てんをしたことを公表すれば、山一證券の信用は地に墜ち、倒産に追い込まれる危険すらあり、他方、引取りを断われば、今後の取引は期待できず、営業面で大きな痛手を被ることとなり、また要求をいれられなかった法人顧客が怒って、飛ばしの実態を公表することは目に見えており、法人部門による収益に多くを頼っている山一證券が今後存続できるかも危ぶまれることから、引取りを行い、山一證券に帰属した損失を簿外にするほかに解決手段はなかった、相場の回復か営業収益の改善で二、三年で簿外損失を償却できるとの見通しを持っていた。

甲野の跡を継いだ被告人乙野も簿外処理の方針を堅持し、これを秘匿し続けた理由について、簿外損失は、「パンドラの箱」であり、これが外部に漏れると山一證券の信用不安が増大し、業績が悪く企業体力が落ち込んでいる山一證券は早晩倒産してしまうと考えたからであり、本業で地道に利益を上げれば二、三年から五、六年の間には相場もよくなり利益が大きく出て償却できると思っていた、公表できないという一念は社長在任中一貫して変わらなかったと供述している。

両被告人の弁護人も、当時の山一證券の状況からすると損失を公表することは選択肢としてはありえず、当時の経営者であれば誰でも被告人らと同じ選択をしたものであり、両被告人の経営判断は、合理的なものとして量刑上十分斟酌すべきであると主張する。

2  しかしながら、有価証券報告書は、企業の事業内容、財務内容等を開示して、資本市場において、一般投資家が、自己の責任において投資に必要な判断をするための機会と資料を提供し、もって、投資家を保護し、それにより有価証券の発行、流通の円滑化と価格形成の公正化を図ることを目的とする企業内容開示制度の中核をなすものであって、この目的を阻害する虚偽記載のある有価証券報告書の提出は、同法上最も重い刑罰をもって処罰するものとされている。証券会社は、直接金融の場である有価証券市場における多数の投資家の証券取引を仲介することなどから、投資家保護のため、証券取引法上も、免許制をしかれ、財務体質を健全に保つことが強く求められているにもかかわらず、その証券会社自身が、このような法の目的に反し、判示第一の各犯行に及んだのは、到底許されないことであって、その結果、一般投資家の判断を誤らせ、有価証券の流通の円滑化と価格形成の公正化を阻害しており、その実質的違法性は高い。本件は、証券会社経営者としての自覚を欠いた犯行として厳しく非難されなければならない。また、違法(蛸)配当も、資本主義社会の中核をなす株式会社の資産を社外に流出させる行為であり、資本維持の原則に反して、会社財産を毀損し、株主や社員等の保護されるべき利益を直接害するものとしてやはり厳しい非難に値する。

このように、本件粉飾決算、蛸配当は、その行為自体、実質的違法性が高く、その果たすべき役割の重要性に鑑み免許制とされている証券会社の経営トップが、そのような行為に手を染めたこと自体、反社会性の強い行為というほかない。

3  次に、本件当時の山一證券の置かれていた状況に照らしても、被告人らの経営判断は到底首肯し難い。

(一)  すなわち、前記一12のとおり、被告人らは山一證券が約二六〇〇億円(各期毎に増減はある。)もの巨額の損失を抱えていることを認識していたのであるが、その前後の山一證券の業況は別紙二のとおりである。平成三年三月期以降の経常損益をみるに、平成三年三月期の六七五億円が最高で、三期は大幅な赤字であり、黒字の場合も一七九億円、一五一億円、一二億円に過ぎない。このような経常損益の状況からすると、二六〇〇億円を超える損失に加え、その利息分を経常利益で償却していくことは現実的ではなく、相場の回復に期待するというのは、正に他力本願であり、経営者の合理的判断とはいい難い。

(二)  また、証券会社には自己資本規制比率が法定されており、一二〇パーセント未満は具体的改善計画の提出、実行が義務づけられ、業務改善命令が発出され、一〇〇パーセント未満の場合には、業務停止命令、登記取消しの処分が定められている。また、大蔵省通達により、二〇〇パーセントを超えなければ配当は自由に行えず、一五〇パーセント以上の場合でも、配当は当期の純利益の範囲内に限られており、厳しい配当制限を受けていた。さらに、東京証券取引所の定めによれば、一〇〇パーセントを下回れば、市場での取引を停止できることとされていた。このように、証券会社は有価証券市場の仲介者という重要な役割に鑑み、その財務内容に厳しい規制が課されており、山一證券としても常々二〇〇パーセントを切らぬように留意してきたところである。

しかるに、山一證券の自己資本規制比率は、別紙二のとおりであり、本件当時は、四大証券の一つとは考えられないほどその比率は低下しており、証券取引法上の行政命令発動の対象であったことは明白である。被告人らは巨額損失が山一證券に帰属することを知った時点で、目標としていた二〇〇パーセントを大きく割り込み、行政処分の対象となりうる事態を十分に認識していたものと認められる。

(三)  このような状況下の山一證券は、正に沈みゆく船といえ、会社存亡の危機にあったことは明白である。被告人らとしては、小川証券局長に指摘されるまでもなく、存亡の崖淵にたたずむ会社の最高責任者として、山一證券存続のために四大証券の一角を占めているとの過去の栄光をかなぐり捨て、会社再建の抜本策を講ずべき使命を自覚し、率先して行動すべきであったのである。

4  弁護人らは、被告人らには他にはとるべき方策はなかったと主張するが、企業の経営者としては、社会規範の最低限のルールである法規範の枠内で抜本策を講すべきは当然のことであって、前記2でみたように、証券会社の経営トップが粉飾決算という違法な手段をとることは到底許されるものではない。

被告人らとしては、法規制の厳しい枠内で、当時の剰余金をもとに経営規模を縮小するなどの抜本策を構築し、メインバンクや監督官庁に助力を求めれば、今回の事態は避けられたものと思われる。しかるに、被告人らは、証券局長から理解できないレベルの問題意識のズレがあると指摘される有様で、巨額債務を簿外に移し替えるという違法な手段を採用し、解決策を先送りし、結局時宜を逸し、後任者らは自主廃業の方途を採らざるを得なかったものであり、被告人らの本件行為は強い非難に値する。

三 本件において有価証券報告書に記載されなかった簿外損失は、平成七年三月期約二三三一億円、平成八年三月期約二三七九億円、平成九年三月期約二七一八億円と巨額にのぼっており、粉飾金額は、過去に刑事責任を問われた同種事案と対比すると桁外れの額である。また、違法配当をみても、株主に配当すべき剰余金はマイナス約九九一億円にもなっているのに、簿外損失を無視して配当を行い、約五九億円もの巨額の資金を社外に流出させたものであり、この種事案の中では最も悪質な部類に属する。

四 被告人らは、平成四年三月期以降粉飾決算を累行し、本件に及んだものであり、常習性顕著な犯行である。また、平成四年三月期以降、自己資本規制比率に抵触し、配当すべきでないのに配当を続け、本件違法配当に至ったものである。

五 本件は、損失の簿外処理の発覚を避けるための方策を駆使した巧妙で悪質な犯行であり、経営トップの被告人らの指示の下、幹部役員や関係各部の責任者らが関与して、簿外処理を行った上、その後も簿外の損失を償却することなく本件犯行に及んでいるものであって、会社ぐるみの組織的犯行といわざるを得ない。

六 山一證券は、前記一13のとおり、自主廃業に至ったものであるが、約八万二〇〇〇人余りの株主の約一二億八六五万株の株券は無価値となり、被告人らの企業内容の開示制度に反する本件各犯行により株主らの被った財産的被害は甚大である。また、山一證券は、従業員だけで七三〇〇人余りを抱え、その外に約一七〇〇人の外務員や関連会社の従業員を加えれば、山一グループは、優に一万人を超える者を擁していたものであり、自主廃業によりこれらの者及びその家族が受けた影響は計り知れず、不況下の就職難の時代において、突然生活の基盤を失った社員や企業年金生活を送っていた元社員らは深刻な打撃を受けており、その社会的影響は極めて大きい。

七 被告人乙野は、本件当時社長として経営の最高責任者であり、本件粉飾決算等を最終決定しており、その刑責は重い。

殊に、被告人乙野は、前記のとおり、簿外損失の秘匿を社長在任時の社是とし、証券局からの異例の指導に対しても、抜本的な経営再建案を作成することなく、簿外損失を除外した経営改善計画を大蔵省に提出してお茶を濁した。また、巨額損失の存在を知った社内の一部有力幹部から度々根本的な経営改革案が建議されても、これを悉く退け、また、対応策検討の常務以上の合宿が副社長会出席者全員の賛成を得られたのに、中止を指示している。このように、被告人乙野は、社長在任中度々抜本的な立ち直りを図る機会があったのに、これを全て活かすことなく、再建の機会を握り潰していたものである。また、平成八年九月期の中間決算が他の大手三社に比較して少ない見込みであったことから、三桁の利益とするように指示し、利益積み増しのため、二二億円の簿外損失を生じさせているのであって、巨額損失の処理に苦しむ社長の行動としてはあるまじきものというほかない。さらに、損失補てん等の責任をとって退陣した際も、後任者に巨額損失の存在を引き継がず、これを察知したKらが野澤社長らに概要を進言して漸くその実態が後任者に明らかになったもので、その対応は無責任極まりない。

以上検討したところから明らかなように、被告人乙野が、簿外損失の秘匿を第一義に考え、損失処理を先送りしたため、再建の時宜を逸した山一證券は自主廃業のやむなきに至ったものである。巨額の簿外損失の存在が自主廃業の主たる要因であることを考えると、被告人乙野は、存亡の危機に瀕した山一證券の最高責任者として果断な決断が期待される立場にありながら、何らその責任を果たしていないものであり、非常事態における経営者としての資質に問題があるともいえ、本件粉飾決算等の刑責を問われる者の中でその責任は最も重い。

八 被告人甲野は、本件粉飾決算の端緒を作った者であり、本件粉飾決算当時は、会長として被告人乙野に次ぐ地位にあり、実質的にみてもその発言権は確保されており、被告人乙野に影響力を行使しうる立場にありながら、何ら適切な助言をすることなく被告人乙野と同様の行動に終始していたものであり、その刑責は被告人乙野に次いで重い。

九 なお付言するに、東急百貨店問題については、前記第二の一5のとおり証券局長の強い示唆に従った面もあり、被告人らにその責任の全てを負わせるのはやや酷な面もある。しかしながら、その取引の実態を詳細にみると、山一證券の責任は免れず、また同様の示唆を受けた大和證券が、その意に沿うことなく、証券事故として調停により一括処理していることと対比すると、山一證券は、証券局長の示唆を渡りに船として簿外処理を行ったとの印象を拭いきれず、右示唆を過大に評価するのは相当でない。さらに、その際、内外証券と東急百貨店との間でトラブルとなっていた株式を内外証券の依頼もないのに、これを引き取っているのも理解し難い。

第三 損失補てん等について

一 佐藤清明大阪店長は、松下電器産業株式会社財務部長から平成四年一二月ないし同五年一月ころ、五〇億円の資金を運用して二、三か月間で四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円の利益を上げたいとの意向を有している法人として昭和リースを紹介され、石川市場商品本部長に話を通し、同本部担当のI副社長の了解の下、首都圏営業部が口座を管理し、若林繁行同本部債券部門担当副本部長が債券取引において右利回り保証の一任的運用を開始したものの、思惑が外れかえって損失を生ぜしめたため、株式の現物や先物取引、ワラント取引の口座も開設して取引を行ったが、平成五年末には約五億四〇〇〇万円の実現損が生じるに至った。先物で損失を取り戻すこととなり、サイメックスの日経二二五先物取引の付け替えを行ったが、平成六年九月九日ころ約二億四〇〇〇万円の実現損が生じたため、昭和リースから従前に比し一層厳しく叱責され対応策を求められた。Aが被告人乙野の了承をとりつけ、平成七年三月末まで四億円の損失補てん、利益追加を行うこととなり、判示第三の犯行に及んだものである。

山一證券は、昭和四六年ころから株主総会に出席し与党総会屋として活動していたHに対し、賛助金を与えていたが、Hは昭和五七年一〇月の改正商法施行を機に総会屋の活動をやめた。ところが、Hは、昭和六二年ころ再び山一證券と接触するようになり、総務部部付部長として総会屋を担当していたGは、転換社債等を優先的に配分するなどの便宜を図っていた。Hは、平成元年二月株式会社第一勧業銀行の融資を受け、証券大手四社の株式を各三〇万株ずつ取得し、野村證券に一任取引で利益を提供させることとなったことから、山一證券にもこれに応じさせようと考え、株主提案権を行使する旨の書面や質問状を山一證券に送付し圧力をかけ、一任取引による資金運用などを折にふれ要求したが、Gは、現金数百万円を二回にわたり供与するなどして機嫌を損ねぬようにし、大手証券会社で唯一利回り保証付一任勘定取引の引受けを何かと理由をつけて拒み続けていた。平成六年に至ってもはや断り切れない状態となり、Gは、同年六月、被告人乙野ら上層部の了承をとりつけ、首都圏営業部に小甚ビルディング名義で口座を開設し、三億円程度の資金で半年間に一割の利益を上げる利回り保証の一任的運用を開始した。ところが、思惑が外れかえって約三〇〇〇万円の評価損を生ぜしめることとなったため、同年一二月には、Hから不正な手段を使ってでも損失を補てんした上、当初約束した利益に上乗せするよう要求されたことから、右評価損を補てんした上、約五〇〇〇万円の利益を追加することとし、被告人乙野の了解をとって敢行された。

二 その動機についてみると、昭和リースに対する損失補てん等は、松下グループの企業の主幹事等の地位を他社に奪われる事態に至れば、業績に影響を与えるのは必至であり、対外的な信用や面目を失うことになるため、これを維持するために行われたものであり、また、Hに対する損失補てん等は、証券不祥事後も山一證券が損失補てんや飛ばしを行っているなどの疑惑や山一ファイナンスの不良再建問題などの種々の懸案事項があり、このような事項が株主総会で質問されることなどなく、総会が円滑に終了するために行われたもので、いずれも損失補てん等を正当化するようなものではない。昭和リースは松下グループに属する会社ではなく、単に松下電産の財務部長の個人的紹介案件に過ぎないのに、同部長の機嫌を損なえば、松下電産との取引に影響を及ぼしかねないとの思惑から始められたに過ぎず、違法行為を引き受ける理由として得心のいくものとはいえない。またHの関係では、疑惑が生じないような営業努力を欠き、結局営業上生じた重大な問題を正面から解決しようとしなかった経営姿勢は、健全な倫理観に欠けるものとして厳しい非難に値する。

本件損失補てん、利益提供ないし利益供与額は合計で四億二〇〇〇万円余りにのぼる上、その犯行態様も、付け替えの容易なサイメックスの日経二二五先物取引を利用し、利益の出た自己取引を当初から昭和リースあるいはHからの委託取引であったかのように新たに伝票を作成させるなどして正当な取引であるかのように仮装しており、社内において公然と敢行された大胆、巧妙かつ悪質なものである。また、Hに対する関係では、取引を終了するに際して不正行為が発覚しにくいようにあえて損失を出しているなど狡猾である。

本件各犯行は、社長の被告人乙野やA副社長ら経営の最高責任者の指示のもと、首都圏営業部、エクイティ本部などの各部署が連携した全社的な組織的犯行である。

証券会社が自らその責務に反し、顧客に対して損失補てん等を行うことは、有価証券市場の公正を損ない、我が国有価証券市場の公正性・健全性に対する内外投資家の信頼を大きく損なうことから、平成三年の証券不祥事を契機として、顧客に対する損失補てんや利益迫加を禁止して罰則を設ける旨証券取引法が改正された。山一證券では、社内で違法な取引行為をチェックするための業務監査本部を設置しながら、他方では本件等の損失補てん等を行っていたものであり、自浄機能を有しておらず、自らの責務を顧みることなく、旧態依然とした体質を露呈し、法の趣旨を全く無視して犯行に及んだものである。

また、昭和五六年の改正商法は、会社運営の健全性を阻害する存在である総会屋を排除すべく、株主の権利の行使に関し会社の計算において財産上の利益を供与することを禁止し、右違反につき刑事罰を定めた。しかしながら、山一證券では、右改正後一旦関係の切れたHが総会屋として活動を再開すると、株主総会において、総会屋が跋扈することにより、経営陣の面目が潰され、対外的な信用が失墜することなどをおそれ、毅然として対処せず、実質的には社長直属の総務部別室がこれに対応し、その関係を断絶するどころか、かえって与党総会屋として利用し株主総会の運営に協力を得たり、その謝礼に利益を供与するなどの関係を続け、Hから株主提案権行使の書面を受けた際は、当時の社長等経営トップが、Hの親分格に当たる総会屋と面談するなどしており、このような総会屋に対する対応が結局本件を引き起こしており、歴代の経営トップの経営責任は重い。

三 他方、判示第三の事実については、昭和リース側も担当者が高収益を得ようと考えて、違法な利回り保証の一任的運用を依頼し、その結果損失が生じると、松下電産財務部長の影響力を背景に証券取引法上禁止されている損失補てん等を執拗に要求し、Dらを毎月のように呼出して叱責し、利益実現を強硬に迫っていたものであり、自己の行為の非を認めず、一方的に山一證券に約束の履行を迫る態度は、健全な金融専門会社の社員のものとは言い難い。このように本件は、昭和リースから積極的に持ち込まれた案件でありながら、損失補てん等を頻繁に要求してこれを受けた昭和リース側の関係者は何ら刑事責任を問われないのであって、提供した山一證券側の者のみが刑事責任を負う状況にあることは、法の公平さの観点から、情状面において斟酌すべき事情といえる。また、判示第四の事実については、あの手この手で利益を得ようとするHの執拗な要求があったのに、これを拒み続け、証券大手四社の中で山一證券が一番最後にこれを引き受けていることも考慮に値する。

第四 山一證券は、我が国を代表するいわゆる四大証券のうちの一社をなす大企業であり、そのような証券会社の経営トップ以下の者が、組織的に巨額の債務を簿外で処理し、違法配当をした上、多額の損失補てん・利益追加あるいは総会屋への利益供与を行ったものであるところ、証券取引法は、投資者保護を目的としており、そのために企業内容の情報開示を定め、不公正な取引を禁圧しているのに、被告人乙野は、いずれの規定をも破ったものである。一部上場の証券会社が、このような証券取引法違反を敢行したことは、我が国の投資家に対する信用失墜行為にとどまらず、日本企業の情報開示への信頼を揺るがしかねず、有価証券市場の開放化、国際化が顕著である状況下において、日本企業の不公正、不透明性を世界に印象づけるものであって、本件が内外の経済社会に与えた影響は大きい。本件を含む一連の証券不祥事等に示された株式会社の運営の実態に鑑み、総会屋の根絶を図り、株式会社の運営の健全性を確保するため、平成九年一二月商法等が一部改正され、証券市場等の公正性及び透明性の確保を図るため、同月証券取引法が一部改正され、本件各犯行に係る罰則がいずれも強化されるに至っている。

第五 被告人乙野は、経営トップとして粉飾決算や不公正取引等を断つべく決断しなければならない立場にありながら、その立場を省みることなく、本件各犯行を最終的に決断しているのであって、その責任は最も重いといわざるを得ない。被告人乙野の当公判廷における供述態度は、事実を認めるものの不明瞭な部分も多く、その真意は必ずしも明らかとはなっていないが、弁護人が指摘する長年の心労からの解放と懸案の解決をなしえなかった虚脱感から一種の荷下ろし鬱状態に陥ったものとしても、真摯な反省の態度を酌み取り難いところである。

第六 他方、被告人両名は、従業員や株主など関係者に対し深い謝罪の意思を表明している。また、本件により逮捕勾留された上、事件が大きく報道され、社会の厳しい非難にさらされ、既に相当な社会的制裁を受けている。さらに、被告人両名は、もとより前科前歴はなく、山一證券入社以来、同社のために貢献してきたものであるが、現在においては、無職の身となり、山一證券から巨額の損害賠償請求訴訟を起こされている状況にある。

このほか、被告人両名の年齢、被告人甲野の健康状態など被告人両名のために酌むべき事情も認められる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金山薫 裁判官西野吾一 裁判官大森直子)

別紙犯罪事実一覧表(一)(二)〈省略〉

別紙山一證券の業況〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例